【哲学】福澤諭吉の「学問のすゝめ」からみる、現代日本の閉塞感

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どうもデリ男(@yutakandori)です!

 

福澤諭吉と聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか?

 

  • 1万円札に描かれている人
  • 慶應大学を創設した人

など、一般的に広く知られている偉人の一人。

 

今回は、福澤諭吉の有名な著書である「学問のすゝめ」について紹介したいと思います。

 

本のタイトルは聞いたことあるけど、中身までは知らないという人が多いのではないでしょうか。

 

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出典:Wikipedia

 

幕末から明治へ日本が大きく変わろうとした時代に、多くの国民は戸惑いました。

 

それまで日本は「士工農商」といった身分制度で成り立っていましたが、明治になり世は「四民平等」となります。

 

しかし、四民平等の世になっても「お上頼み」の意識をもった日本国民に喝を入れるため、戸惑う国民に向けて書かれたのが「学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)

 

全てにおいての差は「学ぶと学ばざるによりてできるものなり」と訴え、新時代の国民の心得として、また改めて自分の原点を見つける本として出版されました。

 

学問で人生を切りひらけ

 

そもそも福澤諭吉は、なぜ学問を重んじたのでしょうか?

(長いので、以下から福澤と書きます。)

 

これには大きく2つの要因があると言われています。

 

廃藩置県

 

明治国家化が新しくできて近代化するときに、藩をやめて県を置くという仕組みに変わりました。

 

国を、より中央集権化のシステムにしようという試みですね。

 

これによって今で言う所の公務員である多くの武士が失業し、人生のレールを自分自身で引かなければならなくなったのです。

 

植民地化の危機

 

当時、日本は西洋列強からの脅威に日々晒されていました。

 

これによって、これから日本はどう生きるのか?ということを真剣に考える必要性が出てきます。


しかし、国全体を強くしようとしても、国民一人一人が当事者意識を持っていなければなりませんよね。


そのために、やる気のある人が活躍できる社会、四民平等によって封建社会から実力社会を、福澤は作ろうとしたのです。

 

何を学べば良いのか?

 

福澤の有名な言葉に、

もっぱら勤べきは人間普通日用に近き実学なり

というのがあります。

 

つまり、学問とは「実学」であり、普通の生活に役立つことでなければ学んでも意味がないと述べたのです。

 

とにかく福澤は知識をうまく活用できないこと、理屈はこねるけど実際のことはできない人を嫌いました。

 

そういう人たちのことを

  • 文字の問屋
  • 飯を食う字引き
  • 国のためには無用の長物 

などと比喩していたぐらい。

 

それくらい、民主主義や自由平等を実現するためには、一人一人が自分の頭で考えることが重要だったのでしょう。

 

そして、本を読むだけでなく、実際に自分の頭で考えて、どう行動するかというのも学問と考えていたのです。

 

飯を炊き風呂を焚くも学問なり

 

という格言からも分かる通り、実生活にこそ学びがあると考えていたのですね。

 

国とわたりあえる人物たれ

 

国家というチームの一員としての国民のあり方を確立するために、独立の気風を全国に充満させることを重要項目として挙げました。

 

国民が政府によって支配されているシステムから、国民と政府が同等で契約関係で結ばれたシステムに変えようとしたのです。

 

福澤は海外で政治上の喧嘩を見た際に、日本人に足りないものは「演説力」だと確信したそうです。

 

当時の日本では文章第一主義で、自分の意見を伝える際には書物によって伝えることがほとんどでした。

 

しかし、これから自分の考えを人に伝えるためには、

  • 口は災いの元
  • 以心伝心

といった日本的表現に治まらず、政府と国民が対等に渡りあっていくために黙っていてはダメだと主張したのです。

 

指示待ちや、お上頼みの精神から、誰もが当事者意識を持ってプレーヤーになれと。

 

これは明治維新の際の福沢の言葉でありながら、現代日本にも大きく通じるところがありますね。

 

  • 原発問題
  • 被災地復興問題
  • 若者の投票率の低さ 

などなど、現代日本でも後回しにされている案件は山ほどあります。

 

最近はテレビでも芸能人の不倫問題ばかりが取り上げられていますが、これは視聴者が食いつくから成り立っているわけで、要は国民の意識の低さを露呈しているのと同じこと。

 

自分も偉そうなことを言える立場ではありませんが、一人一人が当事者意識を持って政治や情勢に関心を持つだけでもメディアの役割は大きく変わってくるでしょう。

 

独立自尊で生きよ

 

福澤の有名な格言に「独立自尊」がありますが、これは何も孤独で生きろといっているわけではありませんよ。

 

独立自尊とは精神的な独立のことで、周りの人の目や物にばかり支配されて精神が空洞になっている人を危惧していたのです。

 

民主主義社会には、個と公共心が密接につながっている独立が必要で、個人が一人で独立するのではなく社会とつながっているというあり方を、福澤は推奨しました。

 

societyは現代日本では「社会」と訳しますが、福澤は「人間交際」と訳したほど。

 

独立した個人が社会の中で繋がって、チームの一員として役割を担っていくという、新しい独立観を提示したのです。

 

まとめ

 

いま、「学問のすゝめ」をどう生かせば良いのでしょうか?

 

学びの要は活用にあると冒頭でも述べましたが、まずは読書によって論理的思考、歴史との対極的視点を身につけることが現代でも重要です。

 

そして、一人一人が一生懸命に学問をして、成熟した判断を下せるようになれば、現代日本も閉塞感を断ち切り、日本は世界に対抗できる国に復活できると思っています。

 

まず今がどういう時代なのかを知るために、今ある常識や価値観はどのような歴史を経て作られたものか疑問を持つことが大切です。

 

  • 大学はできるだけ偏差値の高いところに行く
  • 就職活動はとりあえず大手志向
  • 日本は先進国で豊かな国、しかも平和で安心だ

 

このような価値観や考え方は、私たちが近代教育を受けていた幼き頃の時代では、正しかった事実です。

 

しかし、現代においてこのような価値観、考え方から抜け出せない人は、間違いなく生きづらい日々を送ることになってしまうでしょう。

 


これからどう時代になるのかを、例えば

  • AIやロボットが普及してきたら私たちは何をしていく必要があるか
  • 日本の団塊世代が年金を受け取るのに労働者の割合は足りてないけど、どうなるのか
  • ブロックチェーンの発明で仮想通貨が誕生したけど、そもそも通貨の価値って何だろう

など様々な要素から考えてみることで、自分がこれからやるべきことが見えてくるはずです。

 

福澤が「学問のすゝめ」を出版して訴えた、独立自尊、当事者意識を今こそ問われているのではないでしょうか。